悟りに関して

24歳の時に体験したリリの一瞥体験について。

 
こんにちは。
 
リリです。
 
以前、悟りの一瞥の体験に関して、
「悟り損なった」というような記事を
以下で書きました。
 
 
 
今回その当時の体験に関して、
もう一度、改めてちゃんと
書いてみようと思います。
 
 
今だからこそ、言えることというか、
今だからこその視点があったので。
 
何か気づきのきっかけになれば幸いです^^
 
 
 

一瞥はなぜ一瞥に終わるのか。

 
一瞥はなぜ一瞥に終わるのかといえば、
 
当人の機がまだ完全に熟していない場合、
一瞥に終わることが多い。
 
というような記載を
悟りの本の中でよく見かけます。
 
 
それを踏まえた上で今あの体験を振り返ってみれば、
まさにあの時の私は
 
「機が熟していなかった。」
 
のだと感じます。
 
 

リリに起こった一瞥体験

 
私に最初に一瞥が起こったのは、
今から数年前の
23歳から24歳の誕生日を迎えた時でした。
 
 
当時の私は、人生のあらゆる面が
悪化の一途を辿っていて、絶望のあまり、
ただ、起き上がる事さえも辛い状況でした。
 
 
そんな中、自分の誕生日は
ひたすらに静かに過ごしたくて
一人、旅館に泊まりに行きました。
 
 
当時、
タクシーで向かったのですが、
タクシーの運転手さんから
 
「1人でどこに?」
 
と聞かれて、正直に
 
「誕生日なので1人で旅館に行きます。」
 
と言ったらとても驚かれたのを覚えています。笑
 
 
 
 
興味を持ってくれたのか
そのあとも色々聞かれましたが、
正直に「悟りの探求」をしている。
と答えたところ、
より興味深そうに色々聞いてくれました。
 
 
旅館は割と近い場所にあったのですが、
料金も誕生日だから、
と安くしてくれたのを覚えています。
 
 
そんな優しい運転手さんに感謝しつつ、
旅館にチェックイン。
 
 
そしてその誕生日の日はちょうど、
悟り人である中野真作さんのセッションを
受ける予定だったので、その時間までは
部屋の中で静かにコンビニのご飯を食べて、
ひたすらに悟りの本を読んでいました。
 
 
この時、読んでいたのは、
アジャシャンティの「空を生きる」と
ステファン・ボディアンの「今、目覚める」でした。
 
 
約束の時間になって2時間、
中野さんと悟りに関するお話をさせてもらい、
苦しみと絶望の中でも、
不思議な静けさに包まれていたのを覚えています。
 
 
これは悟りの探求を始めた頃から
ずっと感じていた静けさで、
苦しみや絶望はあるのだけれど、
いつでも心がとても静かだったんです。
 
 
それは一見、矛盾しているようで、
全く矛盾していない静けさでした。
 
 
そして自分の状況への苦しみ・悲しみのあまり、
5時ごろまで眠れず、
悟りの本を抱きしめて目をつぶっていたところ…
いつのまにか30分くらいだけ眠っていました。
 
 
30分だけ、というのは、
30分後、すぐに目が覚めたからです。
 
 
その目覚めは非常に突発的で、
目覚めた瞬間、
 
私は決して死ぬことも生まれることもない。
 
という感覚が急に自発的に起こりました。
 
 
「え!?!?」
 
と思った瞬間、
今度は自身のアイデンティティが
急速に抜け落ちていくのを感じました。
 
 
そしてそれは、
 
「これは悟りか!?」
 
という疑問と共に起こりました。
 
 
でもどんどん消えていく自我の感覚に
私のマインドは計り知れない恐怖を覚え、
とっさに自分のマインドを掴み取ろうとしたのです。
 
それはもう必死に。笑
 
 
そしたら、その自我の消失の感覚は
消えていきました。
 
 
そして変わらずに残ったのは
自我・マインドでした…。
 
 
 
この時、私は初めて、
猛烈な悟りの探求をしていたにもかかわらず、
自分自身が自我に愛着を
持っていることに気づかされる事となったのです。
 
 
今、振り返ってみればわかることなのですが、
この時の私はまだ、
悟りに関する正しい智慧というのが
中途半端にしか確立しておらず、
 
「自我としての私」が
悟りを”掴み取ろう”としていました。
 
 
でもこの一瞥の体験では、
 
その掴み取る「自我としての私」が
消えていったものだから、
「え!?え!?!?」と自我がよく理解できないまま
混乱してしまったんです。
 
 
だからこそ、
悟りがどんなものなのか正しく理解をする
という事もとても大切で、
ウィズダム=悟りに関する叡智、
非二元・不二一元への智慧が重要になってきます。
 
 
 
悟り・覚醒・目覚めは決して
掴み取れるものでも、
行き着くものでもありません。
 
 
それは”見出されるもの”であり、
何も掴むものはないし、
行き着く特定の場所というのもないのです。
 
 
それは自我が静かになった時、
または薄れていった時に
自発的に見出されていくものです。
 
 
そして、それは常に在るんです^^
 
 
 
というわけで、今回は
リリの一瞥体験に関してお話させていただきました。
 
 
最後まで読んでくださって
ありがとうございました。
 
 
 
リリ