悟りに関して

覚醒、目覚めが起こって。それはただ、在る。無限のスペース。

 
こんにちは。
 
リリです。
 
 
先日、”私”に起こった
覚醒、目覚めの体験について、
お話しさせていただきます。
 
 
言葉にして表現するなら、
 
”それは、在る”
 
この言葉がぴったりでした。
 
 
そして今回、
覚醒・目覚めの体験が起こったことによって、
覚醒の体験と悟りが全く違うことも
知る事となりました。
 
覚醒は体験にすぎず、
やがては過ぎ去るもの。
 
でも、悟りは体験を超えた、
「それは、在る」の境地そのもの、なんです。
 
 

リリに起こった覚醒「それは、在る。」

 
今回、パパジの元で覚醒した
アルーナさんのサットサンに参加したのですが、
 
覚醒の時のことを言葉で表現するならば、
ただただ、スペース。
 
”それ”は、ただただ「スペース」で、
まさに、”それは、在る”でした。
 
 
内面に深く入っていく過程で、
なぜか何の関連性もなく涙が止まらなくなって、
一時、泣き続けました。
 
なぜ泣いているのかはわからなかったけど、
とにかく泣いて泣いて、泣き続けたんです。
 
勝手に涙が出てきた感覚でした。
 
 
そして、いつの間にか、
内面にスペースができていきました。
 
 
そこから、
どのくらい経ったかわかりませんが…
やがて、その”スペース”が
どんどん拡大していくのがわかりました。
 
そして最終的には
”スペースのみ”になりました。
 
それは区切りのない、終わりのない、
普遍の”スペース”でした。
 
 
スペースとは日本語で「空間」ですが、
何か特定の空間という感じではなく、
ただただ、無限の空間、だったんです。
 
それは終わりのないスペースであって、
 
それは在る。
 
”アイデンティティとしての私”という個人はいなくて、
ただ、それがあって、それが全てでした。
 
 
なんども繰り返しになってしまいますが、
それは本当に”スペース(空間)”
と表現するのがまさにぴったりで、
それはただ、在る。
 
”それ”に個人性はなく、
誰もおらず、
何か形あるものもなく、
分離もなく、
光のもののようなスペースなんです。
 
 
平安そのものでした。
 
 
そこで気付いたのは、
覚醒・目覚めというのは
決して魔法のような話ではなくて、
”あらゆる感情は変わらず起こる”、ということ。
 
 
でも、不快な感情が起こっても
ありのまま受け入れて、
そのスペースの中でくつろいでいい。
 
 
だって、そこに問題など何もないのだから。
 
 
全ての感情をあるがままに迎い入れて、
時には泣いて時には怒って、
それらは全て普遍のスペースの中で起こっているのだから
ただ、寛いでいたらいいんです。
 
 

覚醒体験と悟りの違い

 
 
そして、この真我(実在・神)を知った
覚醒体験で気づいたことは、
覚醒の体験は悟りとは違う、ということ。
 
 
体験は、一時的なものにすぎず、
過ぎ去っていくものです。
 
 
それは普遍ではない。
 
 
だからこそ、覚醒は、
この覚醒・目覚めの体験を
定着させるためのスタートなんだと気づきました。
 
 
ここから「真我・実在」を選び続けていってこそ、
目覚めは不変の悟りへと変わっていくんです。
 
 
だから、結局、覚醒・目覚めの体験は
スタートにすぎないんです。
 
 
アルーナさんが仰っていたのは、
覚醒・目覚めが起こった後、
 
「あなたはこれが起こっても平安でいられるのか?」
 
というようなチェック的な試練が
人生に起こることがあるということです。
 
 
アルーナさんの場合、
アメリカに少し帰っていた時期に交通事故にあって、
その時は日本に住んでいたので
アメリカの何の保険にも入っていなくて、
その入院費だけで数千万円になったそうです。
 
(ちなみに当時、アメリカの入院費は
無保険の場合、1日300万円ほどかかったそう。)
 
それは借金となり、
アルーナさんにとって、
とても大きな試練だったそうです。
 
 
でも、そういった試練を越えるたびに、
悟りが深まっていった。
 
目覚めが定着していった。
 
と仰っていました。
 
 
確かに、目覚めのプロセスを歩む人の多くは、
そのように大きな試練を
体験している人が多いように感じます。
 
「サレンダー」で有名な
マイケル・A・シンガーも
無実の罪で訴えられたりしていたし…。
 
 
だからこそ、
今のうちに自分の感情をごまかさず、
自分の弱い部分、恐怖を感じる部分も認めて、
それを全てあるがままに迎い入れて、
真我を選び続けることが大切なんだと
アルーナさんは仰っていました。
 
 
私もリリというストーリーの中で
真我を選び続ける人生がこれから続いていきます。
 
 
真我こそが真理、実在、全てだから、
それ以外の選択肢は無いように感じます。
 
 
ラマナ、パパジ、
サンジェルマン、アルーナさん、
ありがとう。
 
 
私を真我に
導いてくれて、ありがとう。
 
 
本当の”私”に導いてくれて、
ありがとう。
 
 
最大の敬意と感謝と愛を込めて。
 
(1993年、パパジとアルーナさん)
 
リリ